顧客体験の昇華:「自己変革(Customer Transformation)」を支援する「顧客体験(=Customer Experience)」へ

いま、様々な顧客体験を測る指標が巷には溢れている。NPS(ネット・プロモーター・スコア)を知らないビジネスパーソンは少数派だろうし、2009年から続いているJCSI(顧客満足度調査)も存在する。だが、実は既存の調査手法や公表情報だけでは、顧客体験を理解するためには重大な抜け漏れがあると見ている。 

だからこそ、今回で第3回目となる顧客体験価値ランキングを発表することとなったこの機会に、「何が不足していて、何が必要なのか」を、「顧客体験を構造化して測ること」「その構造の在り方」「そして顧客体験の捉え方がなぜ重要なのか」の視点から、しっかりと分析したい。同時に、いま顧客体験に求められることが何であるかを、ランキングの結果に沿ってお伝えしたい。 

1.「満足した」「推奨したい」だけでは十分でない

体験の評価において、本当に必要なのはどんな視点なのか。いまは、提供価値の部分や総体が「よかった」か否か(=顧客満足度)、もしくは結果としてサービスを推奨したいか否か(=NPS)、の2択が前提になっている。両方法論共に、価値のある視点を提供していることは間違いない。 

しかし、果たしてこれで十分なのだろうか。評価のポイントをA)「提供価値の質」と「自身の気持ち」(=原因vs.結果)と、B)「他者に対する表現」と「自身としての評価」(=対外vs.対内)と分解すると、「自身の気持ち」×「自身としての評価」が抜け落ちている事がわかる。このギャップを満たそう、と言うのが、顧客体験価値ランキングの根底にある考え方になる(図1参照)。 

このように体験を測ること自体にも意味がある。そして真の価値は、この評価指標の導入がWhy behind What(=なぜある事象が起きているか)の理解を促すことで、What(=企業活動)をどう変えれば良いかに関しての、コインの裏返し以上の示唆が得られることにある。 

体験が良かったかどうかは、それがどう自分に影響したかの理解があって初めて意味を持つ(図1①)。これはすなわち、企業活動がどんな心理的状況を促すことを狙うべきなのかを考えるきっかけとなる。また結果としての他者推奨は、自分がどんな心理状態の時に起きるかを考える必要がある(図1②)。つまり、ブランドとしてどんな体験が求められているのかを導き出せるという価値である。それを実現する方法論として、体験にどんな価値を見出しているかを21の下位要素からなる5つの「体験価値」要素(Five Emotional Cues)を規定している(図2参照)。 

顧客満足度調査やNPSが教えてくれない体験の意味と、受け手にとっての体験要素類型がわかることで狙うべきブランド体験の設計ができることが、顧客体験価値ランキングが皆様に提供できる価値である。 

2.利用体験・購買体験だけではない顧客体験 

もう一つ、違う視点から見てみよう。 

顧客満足度もNPSも、製品やサービス利用経験者を対象としており、利用体験もしくはそれを含む購買体験を対象としている。それを超えるブランドとの関係の評価は、一般的な好意度調査やイメージ調査に委ねられている。 

だがブランド体験と考えると、未利用者・未購買者の体験(=イメージだけでない)も理解することが大切である。未利用者が(=つまり肝となる価値に接する利用体験から遠くにいる潜在顧客が)ブランドとの接点において、「結果としてどんな印象を受けたか」ではなく「利用や購買と直接関係ないブランド体験がどんな価値を持っているか」を理解することには重要な意味がある、という視点である。 

これは、顧客体験価値ランキング2021でトップの座についた、星野リゾートにおいて顕著である。ノンユーザーによる想起が49%を占めるという星野リゾートに対して、ある未利用者は「メディアに登場する社長の姿勢や考え方と、そこで働く人たちをみて」と回答している。これは、これだけノイズの多い生活において、最も顧客を理解しているブランドとしてたった一つ純粋想起されたブランドは、間違いなく潜在顧客を顧客に転換できる力を持っている。また、このコメントが、ホスピタリティ・サービス提供者として想定される「『接客』『おもてなし』『快適』」ではない、企業の姿勢に起因する体験への言及であることは、非常に重要な示唆になる。 

3.今日の売上だけでなく、明日の売上も作れるか 

純粋なサービス体験ではない顧客体験の価値を作った星野リゾートの事例を紹介したが、ここからもう一つ重要な視点を紹介したい。それは、体験の評価が今日の売上のためなのか、明日の売上も視野に入れているのか、という点である。別の言い方をすると、この体験がどうであったか、それは今日の売上に繋がるのか、だけではなく、この体験が関係構築に寄与するのか、を見定める必要があるということだ。その時に一つ参考になるのが、ブランドにとって重要な要素が体験においてどう表現されているか、である。これを自由記述回答の内容から読み解く。 

インターブランドのグローバルブランド価値評価ランキングBest Global Brands 2021の分析からは、社内において目指すところを見せる「志向力」の強さと顧客変化に「俊敏」に対応する力、そして社外においては顧客体験における「共創性」の高さ、この3つの力がブランド価値を上げていることが確認された。そして、顧客体験価値ランキング2021においても、この力が体験価値において感じられているブランドは、明日の売上作りに今日の体験が貢献していると読み取れる。 

その中でも特に重要な「志向力」の体験への落とし込みを見てみよう。星野リゾートや味の素は、ブランド体験においてもブランドの目指す姿が反映されていることが読み取れる。星野リゾートであれば、「コンセプトが明確」であることや「だからこその魅力」があることが顧客をよく理解していると思う理由として挙げられている。また味の素においては、一歩先を行っており「食と健康の課題解決企業」というパーパスが、「健康や豊かな心を育てる為…の企業」「健康的な生活を送る上で、食生活が大切だということを…伝えてくれている」「“eat well live well のキャッチフレーズに共感 」といった形で体験として高く評価されている。 

こう言った、ブランドの姿や目指すところ、もしくはブランドの強みを高めるための活動が体験において評価されていることは、間違いなく明日の売上を作ることになる。同時に、体験は今日の売上を作らなくてはならないことも、真実である。明日のことだけをやって、今日を蔑ろにしては企業として存続できない。そこで重要なのが、顧客体験スコアは購入意向ともNPSとも高い相関があるという事実である(図3参照)。 

4.顧客体験価値ランキング2021を読み解く 

ここまでは、顧客体験価値ランキングを読み解くにあたって、特に重要な3つの論点にフォーカスしてお話してきた。ここで、2021年12月6日に発表する顧客体験価値ランキング2021の概要に関しても言及しておきたい。 

まずは、方法論からお話すると、 

A)今回から調査手法をアップグレードしたことで、分析対象ブランドの回答者数や調査タイミングに関して、統計的な不確実要素の払拭を目指した。 

次にランキングを参照して欲しい(図4参照)。 

B)弊社が発表しているBest Global BrandsやBest Japan Brandsと比較すると、B2Cブランドの存在感や、ランクインブランドの変動の大きさに目がいくかもしれない。しかしこれは顧客体験という性質上、ある程度の変動は前提とするべきなのだ。同時に、単純な広告出稿量との相関ではないことも読み取れるだろう。 

C)またTop 20にランク外から割って入ってきた「ワークマン」「ニトリ」「モスバーガー」「丸亀製麺」「Google」にも注目できる。これらのブランドに共通して見られるのは、「攻めの姿勢」「あるべき姿の追及」「デジタル体験の質」であると言える。 

次に、ランキングをセグメンテーションして分析すると、 

D)業界別では「情報通信」「メディア・情報」「金融関連」が連続してマイナスの顧客体験スコアを出したことが注目に値する。これだけ見ると業界特性があるように見えるが、昨年までマイナススコアだった物流がプラスに転じたこと、その中で高スコアを記録したヤマト運輸が業界を牽引していることは、スコアがネガティブな業界にいるブランドの励みと言える。 

E)最後に年代別の傾向の中でも、特に30代を中心にブランドの意味(すなわちブランドパーパスの価値)に体験価値を見出すという流れは、今後のブランドの在り方を考える上で非常に重要な示唆になると考えている。 

ここで、主要論点から外れた傾向を5つ取り上げて見た。時間が許す限り、ぜひランキングを読み解いて見て欲しい。 

5.CXからCXへ 

最後に、ブランドが担うべき役割として、適切な顧客体験(CX=Customer Experience)の構築から、顧客の自己実現に向けた顧客自己変革(CX=Customer Transformation)へシフトすることが求められる、という視点をご紹介して筆を置きたい。 

顧客体験を考える際に、3つのステージを想像して欲しい。 

活動の第一段階は、とにかく不満のない顧客体験を提供すること。体験におけるストレスを減らし、願わくば付加価値をつけることである。それが緒についたタイミングで一歩踏み込み、「らしさ」を実現する「Good Friction(=正しいストレス)」を組み込むことで、今回の論点3.で見たようなブランドらしい体験の構築に取り組む。そしてその先に、顧客自己変革(Customer Transformation)を支援する顧客体験(=Customer Experience)へと、体験を昇華させて欲しい(図5参照)。 

ぜひ今回発表した顧客体験価値ランキングを読み解くことで、読者が明日からの取り組みを変えるきっかけとなることを願っている。 

株式会社インターブランドジャパン
代表取締役社長 兼 CEO
並木 将仁