今求められる「眠り」の在り方とは?

Voice of Japan 06

3行でまとめると:

  1. 生活者にとっての睡眠問題とは「寝ている時間」に限られたことではなく、睡眠を後回しにせざるを得ない価値観や生活スタイルにある 
  2. 眠りにつくときは頭と心にわだかまりのない、「無」になれることに価値がある
  3. 「ワークライフバランス」に「睡眠(スリープ)」を組み込むことで、仕事と生活により良い好循環をもたらす​

イントロダクション

人は誰でも、生まれたときから毎日眠りに落ちます。睡眠を取ることは、生活の一部でありながら、「そもそもなぜ眠らなければならないか」「眠りの正体とは」という根源的な問いを含めて、まだわかっていないことが多いと言われています。

一方で、IoTの発展に伴い、一般の生活者にもリストバンド型活動量計、スマートウォッチといったウェアラブル端末が普及してきており、自身の睡眠の状態を見える化できる時代となりました。中でも、「スリープテック」という先端技術を用いて睡眠の質を改善する取り組みは活況な市場となっており、官民一体となった研究や多くのスタートアップ企業の睡眠市場への参入が目立ちます。

日本は「不眠大国」とも呼ばれ、経済協力開発機構(OECD)の2021年度版調査(注1)によると、日本の睡眠時間の短さはOECD加盟国中の第1位に。米シンクタンクが2016年にはじき出した日本の睡眠不足による生産性損失は年間15兆円と試算され、OECD加盟国の最下位とも言われています(注2)。この影響が対人関係や健康面など多岐にわたる波及を含むことを想定すると、睡眠の改善に向き合うことでもたらされるプラスの効果に期待が寄せられます。
インターブランド・ジャパンでは、生活者オンラインコミュニティRIPPLEを通して、様々な年代からなる生活者300名と継続的な対話を行い、日々変化する暮らしの状況に合わせて人々の内面はどのように変化しているのか、理解を深めています。
今回は生活者の視点から睡眠にスポットを当て、生活者のHuman Truth(常に変化を続ける人々の真理)に迫りました。

睡眠は生活そのもの

不眠大国と呼ばれる日本ですが、生活者の睡眠に対する意識が決して低いわけではありません。コミュニティメンバーに睡眠の実態を聞いたところ、全体で約9割の方が「睡眠を重視している」と話しており、実際に寝室環境のこだわりを写真とともに見ていくと、「間接照明」や「こだわりの枕」の使用だけでなく、「テレビを置かない」といった各人ができる範囲で睡眠環境を整えていることが伺えます。

一方で、「睡眠に満足している」と答えた方は約4割と重視度に比べて大きな乖離が見られ、豊かな眠りに向けてハードルがあることがわかります。「朝起きても疲れを感じる」「体質と年齢の影響で途中で目覚めてしまうが、半ば諦めている」「まだまだ睡眠改善のためにやれることがありそう」といったように、その悩みも多種多様です。

注目すべきは、生活者にとっての睡眠問題とは「寝ている時間」に限られたことではなく、睡眠を後回しせざるを得ない価値観や生活スタイルに大きく影響を受けているということ。現状は、睡眠に関する研究や関連商品、スリープテックは「寝ている時間」にスポットが当てられることが多いですが、根本的な解決のためには、睡眠を取り巻く前後の生活習慣への対処、サポートが求められることがわかります。

家事や仕事の時短グッズが欲しい。家事の時間を減らすことで睡眠時間を確保できるようになるかもと思います。シンクに置くだけで食器を洗ってくれる装置とかがあれば使いたいですし、そもそも料理を外注したいです。”(女性30代)

仕事に充てる時間を優先しているために睡眠時間が削られてしまっていて、睡眠不足を解消できていません。”(女性30代)

「無」になることの価値

生活者にとってはどのような睡眠が理想なのでしょうか?コミュニティメンバーに、理想の睡眠とそれを妨げていると思うことを聞き、紐解いていきました。すると、就寝につく1~2時間前からリラックスして睡眠モードになる助走時間を設ける傾向にあり、ダウンライトに切り替えたり、ハーブティを飲む、ストレッチする、自然と眠くなるまで映画鑑賞をするといった、まったりとする時間を大切にしたい欲求が浮き彫りになりました。そうして迎える眠りの時間は、「自然に眠りに落ちて、一度も目覚めずに、アラームが鳴る前に自然に目覚める―」。そうした人が持つ感覚を頼りにした眠りを理想とする人が多く、「人間らしい機能を取り戻すこと」が今改めて求められていると言えるのではないでしょうか。

生活者視点で睡眠を追求した結果、その機能を高める「入眠の儀式」を無意識的に取り込もうとしていることは興味深い点です。乳幼児~子供の頃に、寝る環境・生活リズム・心の安定といった「眠りの土台」を整えながら人は上手に寝ることを後天的に覚えていきますが、大人になり忙しない日常を過ごす中、改めてその原始的な行為に立ち戻っていることが伺えます。現代人の「眠りの土台」が揺らいでいるだけでなく、その解決策の提供には多くの機会があるのではないでしょうか。

昔からのアラームや目覚ましのベルは音量が均一で、昔の漫画のように音が鳴った瞬間に飛び跳ねるような寝起きです。自然光は朝の光を瞼の向こうに感じて半分目覚めながら、野鳥の鳴き声は耳に届く音量レベルにバラツキがあるので、自分の意識で拾いにいきます。脳の機能を自分の意識下で徐々に機能させていく目覚めとなるので、動き出しがスムーズですし、その後の日中の活動にも好影響です。”(男性40代)

では、そうした眠りを妨げているものは何でしょうか。「やり残したことが残っている」「スマホの通知」という睡眠モードへの切り替えを遮断する要件や、「年齢的に睡眠の途中で目が覚めてしまう」という中途覚醒の現象が見られる中で、興味深いことは「明日のことをいろいろと考えてしまう」「ストレスや嫌なことを振り返る」という頭と心のわだかまりを取り上げる人が多い点です。特に働き盛りのコミュニティメンバーからの声が顕著で、眠りにつくときは「無」になれることが一つの価値となっていることがわかります。睡眠は身体の疲れだけではなく、頭と心をリセットできることが、生活実感としても重要なことが浮き彫りになりました。いつでもオンラインで人や情報とつながれる日常へと変化した時代だからこそ、一度立ち止まり思考や気持ちを整えるというように、睡眠が日常の中で担う役割も変化してきているという示唆が読み取れます。

何も考えずに布団の中でぼーっとしていたい”(男性40代)

常に何か考えてしまうので、寝る前は意識的に無になるように努め、オフに切り替えるようにしています。そうすることで深い眠りにつける気がしています。”(女性40代)

風呂に入っているときは、割と至福の時間なのですが、そういう時はやはり余計なことは考えず、ストレスを感じる要因、特に仕事のことを考えることがないのがうれしいです” (男性40代)

「当たり前に眠れる」日常へ

このように、「人間らしい機能を取り戻し、眠りにつき目覚めること」「無になれること」をもたらすために、企業はどのようなサポートができるのでしょうか。例えば、ポストコロナとして世界各国で法整備が進んでいる「つながらない権利」があるように、誰しもが「眠る権利」があると言えます。よりパフォーマンスを出しやすく、働きやすい環境づくりに向けて、いかに一人ひとりの「眠り」を政府や企業がサポートできるかにヒントがあるのではないでしょうか。また、それは睡眠や医療にまつわる業界だけではなく、企業の制度や、IoT家電や日用品のアイテムなど、様々な分野での貢献が考えられます。

例えば、「ワーク・ライフ&スリープバランス」の導入。仕事と生活を調和させることで得られる“相乗効果”を目指す「ワークライフバランス」については、徐々に政府・企業の取り組みも進み、生活者の意識面でも広く浸透してきました。一方で、豊かな眠りが得られる生活にシフトさせるためには、「ワークライフバランス」に「睡眠(スリープ)」を組み込むことにヒントがあります。
企業の人事制度の一つとして社員が「睡眠休暇」や「睡眠デー」を取り入れることができれば、豊かな睡眠生活とパフォーマンス向上の好循環につなげることも考えられるでしょう。近年は、オフィスに仮眠スペースやメディテーションポッドが導入されるなど、仕事中の生産性向上に向けた支援も動き出しています。

「日常に余白をもたらす顧客体験価値」として、テクノロジーやツールによりもたらされる支援は、多くの人の健やかな睡眠に貢献することが期待されます。例えば、眠る前のモヤモヤを取り除いたり、「無」になれることをアシストすること。実際に、「寝る前に気になることは紙に書き出して頭を空っぽにする(男性30代)」、「寝る前にリラックスするためにマインドフルネス瞑想を取り入れている。未来を考えてしまう邪念を断ち切るには、今を考える瞑想が最適(男性40代)」といった声があがり、頭と心のバランスを取る工夫をしている動きがみられています。

また、家事をはじめとして、育児や介護の現場でかけられている工程を省いたり、時間を短縮すること。IoT家電や日用品・食品などの分野でもたらされるこのような支援は、一見睡眠とは関係がないように思えます。一方で、そこから生まれる日常の余白を通じて、一日の締めくくりであり始まりでもある睡眠の質の向上にもつながっていくのではないでしょうか。

医学的な研究やテクノロジーによる発展が進み、眠りにまつわる便利なツールが増える一方で、未だに満たされない日本人の睡眠事情。一人ひとりの生活背景や身体の特性による事情はありながらも、生活者実感と掛け合わせながら日本ならではの眠りの未来図に目を向けるときかもしれません。睡眠2.0、睡眠3.0…のように、野心的な眠りのアップデートを考えてみませんか?

眠りに向き合うことは、人の日常と社会を豊かにすること。技術が進歩した現代においても、その問いが問われ続けています。

 

参考文献 

注1) OECD (2021) “Gender data portal Time use across the world” https://www.oecd.org/gender/data/OECD_1564_TUSupdatePortal.xlsx
注2) Hafner et al. (2016) “Why Sleep Matters – The Economic Costs of Insufficient Sleep: A Cross-Country Comparative Analysis” https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR1791.html

田中 友恵 
Interbrand Japanシニアコンサルタント  ​

国内のFMCG企業にて包括的なマーケティング業務に従事し、担当ブランドの戦略策定から商品開発・プロモーション開発等のプランニングから実行までを統括した。Interbrandではプロダクト・コーポレートのブランド戦略業務の他、インクルーシブデザインや企業ブランド価値評価等のプロジェクトに参画し、クライアントのビジネスとブランド双方の成長を高める支援を行っている。 ​